教育現場での実践事例

哲学対話は、教育現場で様々な形で取り入れられています。ここでは、小学校から高校までの実践事例を紹介し、それぞれの年齢層に合わせた哲学対話の進め方や効果について解説します。

小学校での実践:「友だちとは何か?」

対象:小学3年生 授業時間:45分 参加人数:28名

実践の概要

学級活動の時間を利用して、「友だちとは何か?」というテーマで哲学対話を行いました。教室の椅子を円形に配置し、クラス全員で対話を行いました。

対話の進め方

  1. 導入(5分):「みんなは友だちってどんな人だと思う?」と問いかけ、対話のテーマを提示。
  2. アイスブレイク(5分):隣の人と「友だち」について思いつくことを1分間話し合う。
  3. 問いの設定(10分):「友だちについて、みんなで考えたい質問はある?」と尋ね、出てきた質問を板書。投票で「友だちは多い方がいいのかな?」を選択。
  4. 対話(20分):「友だちは多い方がいいのか、それとも少ない方がいいのか」について対話。「ボールを持っている人が話す」ルールで進行。
  5. 振り返り(5分):対話を通じて考えたことをワークシートに記入。

子どもたちの反応と気づき

最初は「友だちは多い方がいい」「楽しいから」という意見が多かったのですが、対話が進むにつれ、「本当の友だちなら少なくてもいい」「たくさんいても仲良くないと意味がない」「友だちの数より質が大事」などの意見が出てきました。

特に印象的だったのは、普段あまり発言しない児童が「友だちが多すぎると、一人一人と深く話せないから、私は少ない方がいいと思う」と自分の考えを言語化した場面でした。

「子どもたちは『友だちの数』という単純な問いから始まり、徐々に『友情の質』『関係の深さ』という深いテーマに自然と向かっていきました。そして『人によって違うかもしれない』という多様性への気づきも生まれていました。」—担当教員

この事例で用いられた哲学的な問い

  • 友だちとはどういう人のことを言うのだろう?
  • 友だちは多い方がいいのか、少ない方がいいのか?
  • 友だちと仲良しは同じ?違う?
  • どうしたら本当の友だちになれるの?

中学校での実践:「公平とは何か?」

対象:中学2年生 授業時間:50分 参加人数:32名

実践の概要

社会科の授業で「公平・平等・正義」について学んだ後、「公平とは何か?」というテーマで哲学対話を実施しました。クラスを8人ずつの4グループに分け、小グループでの対話を行いました。

対話の進め方

  1. 導入(5分):「公平」に関する簡単な事例を提示し、問題意識を共有。
  2. 小グループでの対話(30分):各グループに「公平とは何か?」「公平と平等は同じ?」「公平な社会とはどんな社会?」などの問いを与え、対話を促進。教員は各グループを巡回し、必要に応じて問いかけを行う。
  3. 全体共有(10分):各グループでの対話内容を代表者が発表。
  4. 振り返り(5分):対話を通じて気づいたことをワークシートに記入。

生徒たちの反応と気づき

生徒たちは「公平」と「平等」の違いについて考え、「平等は全員に同じものを与えること、公平は必要な人に必要なものを与えること」という整理が多くのグループで見られました。

また、「絶対的に公平なことはあるのか」「誰が公平さを決めるのか」という哲学的な問いにまで発展したグループもありました。部活動での出場機会や学校でのルールなど、身近な事例を通じて「公平」について深く考える機会となりました。

「抽象的な概念を考える際に、自分たちの具体的な経験と結びつけて考えることで、理解が深まりました。特に印象的だったのは、『公平を実現するには不平等が必要なこともある』という気づきでした。」—担当教員

この事例で用いられた哲学的な問い

  • 公平と平等は同じ?違う?
  • 誰にとっての公平か?
  • 公平な社会とはどんな社会?
  • 努力した人が報われるのは公平?
  • スタートラインを揃えることと、結果を揃えることのどちらが公平?

高校での実践:「自由と責任の関係」

対象:高校1年生 授業時間:70分 参加人数:36名

実践の概要

公民の授業の一環として、「自由と責任の関係」をテーマに哲学対話を実施しました。最初に「自由」に関する短い哲学的テキストを読み、そこから生まれる問いについて対話を行いました。

対話の進め方

  1. 導入(10分):ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』の一部を抜粋して読み、自由と他者への危害の関係について考える視点を提供。
  2. 問いの生成(15分):テキストを読んで生まれた問いを各自付箋に書き出し、グループで共有。クラス全体で共有し、最も探究したい問いとして「自由には責任が伴うのか?」を選択。
  3. 対話(30分):「自由には責任が伴うのか?」という問いについて、全体での対話。教員はファシリテーターとして、様々な視点からの探究を促進。
  4. 振り返り(15分):対話を通じて考えたことをレポートにまとめ、次回の授業で共有するための準備。

生徒たちの反応と気づき

高校生は社会的な文脈の中で「自由」を考え、権利と責任の関係性について活発な議論を展開しました。「完全な自由はあり得るのか」「自由を制限することは時に必要なのではないか」「自分の自由と他者の自由がぶつかる時、どう調整すべきか」など、深い問いへと発展していきました。

また、SNSでの発言の自由と責任、コロナ禍における行動の自由と社会的責任など、現代的な文脈での具体例も多く挙がり、理論と実践を結びつける思考が見られました。

「哲学的な問いを現代社会の具体的な課題と結びつけて考えることで、生徒たちの思考が非常に活性化しました。単なる概念の理解にとどまらず、自分事として深く考える姿勢が育まれていると感じます。」—担当教員

この事例で用いられた哲学的な問い

  • 自由とは何か?
  • 自由には責任が伴うのか?
  • 他者を傷つけない範囲での自由とは?
  • 社会のためなら個人の自由は制限されてもよいのか?
  • 自由と平等は両立するのか?

教育現場での実践のヒント

教育現場での哲学対話は、単に哲学的な問いを考えるだけでなく、教科学習の深化、論理的思考力の育成、対話力の向上など、多様な教育的効果をもたらします。カリキュラムの中に無理なく取り入れ、子どもたちの思考力を育む機会として活用することが大切です。