哲学対話は特別な資格や専門知識がなくても始めることができます。大切なのは「共に考える」という姿勢と、安全な対話の場をつくるための配慮です。ここでは、哲学対話を初めて実践する方に向けて、具体的なステップを紹介します。
環境づくり
哲学対話に適した環境を整えましょう。参加者が互いの顔を見ながら話せるよう、円形に座れる場所が理想的です。
ポイント:
- 円形の配置:椅子を円形に配置し、参加者全員が互いの顔を見られるようにする
- 静かな環境:外部からの騒音が少なく、集中できる場所を選ぶ
- リラックスできる雰囲気:堅苦しくなりすぎないよう、適度にカジュアルな空間づくりを心がける
- 必要な備品:ホワイトボードや模造紙があると、出てきた問いや重要なポイントを記録できて便利
アイスブレイク
対話を始める前に、参加者同士が打ち解け、話しやすい雰囲気をつくるためのアイスブレイクを行いましょう。
ポイント:
- 簡単な自己紹介:名前と、今日のテーマに関連する一言を添える
- ペアトーク:隣の人と1〜2分、今日のテーマについて思うことを話し合う
- 一言共有:「今日気になっていること」「最近考えていること」など、簡単な質問に一人ずつ答える
初めての参加者向けのアイスブレイク例
「もし無人島に一冊だけ本を持っていくとしたら、どんな本を選びますか?そして、なぜその本を選びますか?」といった質問から始めると、参加者の価値観や考え方が自然と表れてきます。難しい哲学的問いよりも、誰もが答えやすく、かつ「なぜ?」という問いにつながる導入が効果的です。
ルール共有
対話を始める前に、哲学対話の基本ルールを参加者全員で確認しましょう。初めての参加者には特に丁寧に説明することが大切です。
共有すべき基本ルール:
- 一人の時間を奪わない:発言は簡潔に、最後まで聞く
- 批判ではなく問いかけを:「それは間違い」ではなく「なぜそう考える?」
- 考えを変えてもOK:対話の中で考えが変わることを歓迎する
- 沈黙も大切にする:考える時間として沈黙を尊重する
- 「わからない」も重要な発言:疑問や困惑も対話の糧になる
ルールは口頭で伝えるだけでなく、ホワイトボードや紙に書いて、対話中も参照できるようにしておくと良いでしょう。
問いの選定
哲学対話の核となる「問い」を選びます。参加者から問いを集め、みんなで選ぶプロセスを大切にしましょう。
問いを集める方法:
- 自由に問いを出し合う:「今日考えてみたい哲学的な問いはありますか?」と投げかけ、出てきた問いを記録する
- テーマからの問い生成:「友情」「幸せ」などのテーマを提示し、そこから生まれる問いを考える
- 教材からの問い生成:短い物語や絵本、写真などを見て、そこから生まれる問いを考える
問いを選ぶ方法:
- 投票:出された問いの中から、各自が探究したい問いに投票する
- 関連づけ:似た問いをグループ化し、より包括的な問いにまとめる
- コンセンサス:話し合いによって全員が納得できる問いを選ぶ
良い哲学的問いの条件
- 「はい/いいえ」では答えられない問い
- 簡単には答えが出ない、考える余地のある問い
- 参加者の関心を引く、探究意欲をかき立てる問い
- 特定の知識がなくても考えられる問い
- 具体と抽象を行き来できる問い
対話の実践
選ばれた問いについて、参加者全員で対話を行います。ファシリテーターは対話の流れを見守りながら、必要に応じて介入します。
対話の進め方:
- 導入:選ばれた問いを確認し、なぜその問いが選ばれたのかを共有
- 最初の発言:問いに対する最初の考えを、希望者や順番に発言
- 対話の展開:出された意見に対して、さらに問いかけや関連する意見を自由に述べる
- 深堀り:「なぜそう思うのか?」「それはどういう意味か?」などの問いかけで思考を深める
- 整理:時々、これまでの対話の流れや出てきた視点を整理する
ファシリテーターの役割:
- 全員が発言できる機会をつくる
- 対話が停滞したときに新たな視点を促す問いかけをする
- 発言の意味を明確にするための問いかけをする
- 対話の流れを整理し、焦点を絞る手助けをする
- 特定の結論に誘導せず、多様な視点を尊重する
振り返り
対話の後は、必ず振り返りの時間を設けましょう。対話を通じて考えたことや感じたこと、気づきを共有することで、学びが深まります。
振り返りの方法:
- 一言共有:対話を通じて考えたことを一人ずつ簡潔に共有
- ペアでの共有:隣の人と感想や気づきを共有した後、全体でシェア
- 書き出し:個人で振り返りをワークシートに記入し、希望者が発表
振り返りの視点:
- 対話を通じて新たに気づいたこと
- 自分の考えがどのように変化したか
- 他の参加者の意見で印象に残ったこと
- まだ考え続けたい点、新たに生まれた問い
- 対話のプロセスについての感想(話しやすさ、聴きやすさなど)
次回につなげる振り返り
「今日の対話から新たに生まれた問い」を集めておくと、次回の対話のテーマ選びに役立ちます。また、「対話をより良くするための工夫」についても意見を集め、次回に活かしましょう。継続的な対話の場では、このように振り返りを次につなげることで、対話の質が徐々に高まっていきます。
哲学対話を始める前のチェックリスト
- 参加者の人数と年齢層、背景を確認する
- 対話に適した環境(円形に座れる場所、静かな空間)を確保する
- 時間配分を決める(全体で60〜90分が目安)
- ホワイトボードや模造紙、付箋などの必要な備品を用意する
- テーマに関連する刺激教材(短い文章、画像など)を準備する
- 対話のルールを視覚化して共有できるよう準備する
- 振り返りのためのワークシートなどを用意する
- ファシリテーター役を決める(初めは経験者が担当するとスムーズ)
初めての哲学対話を成功させるために
初めて哲学対話を実践する際は、以下の点に特に気を配ると、より円滑に進めることができます:
- 小規模から始める:最初は5〜8人程度の小規模なグループで実践し、徐々に規模を拡大していくとよいでしょう。
- 身近なテーマから:「友情」「幸せ」「自由」など、誰もが考えやすい身近なテーマから始めましょう。
- 時間を守る:特に初めての場合は、集中力を考慮して全体で60〜90分程度に収めるのが理想的です。
- 焦らない:すぐに深い対話にならなくても焦らず、対話の場に慣れていくことを大切にしましょう。
- 過度な期待をしない:「哲学的な結論」や「素晴らしい気づき」を求めすぎず、共に考えるプロセスを楽しみましょう。
- 経験者の支援を得る:可能であれば、哲学対話の経験者にファシリテーターとして協力してもらうと心強いでしょう。
哲学対話は特別な専門知識がなくても始められる実践です。大切なのは「共に考える」という姿勢と、安全で開かれた対話の場をつくる配慮です。まずは小さな一歩から始め、対話を通じた学びと発見の喜びを分かち合いましょう。