哲学対話の歴史は古代ギリシャにまで遡り、現代ではさまざまな形で教育や社会に取り入れられています。ここでは、哲学対話の歴史的背景と発展の過程を紹介します。
古代ギリシャ:ソクラテスの問答法
哲学対話の起源は、紀元前5世紀のアテネで活動したソクラテスの「問答法(マイエウティク)」にあります。ソクラテスは「無知の知」を自覚し、対話を通じて相手の中にある知を「産婆」のように引き出す手法を用いました。
20世紀:デューイの教育哲学
20世紀初頭、アメリカの哲学者ジョン・デューイは、民主主義社会における教育の役割を重視し、「為すことによって学ぶ(learning by doing)」という経験主義教育を提唱しました。これは後の哲学対話実践に大きな影響を与えています。
1970年代:マシュー・リップマンのP4C
1970年代、アメリカの哲学者マシュー・リップマンは、子どもの思考力の低下に危機感を抱き、「子どものための哲学(Philosophy for Children:P4C)」プログラムを開発しました。リップマンは物語教材を用いて子どもたちの哲学的思考を促す方法論を確立しました。
1990年代:世界的な広がり
1990年代以降、P4Cは世界各国に広がりました。特に北欧諸国、オーストラリア、イギリスなどで積極的に取り入れられ、各国の教育文化に合わせたアプローチが開発されています。
2000年代:日本での展開
日本では2000年代から「子どものための哲学」や「哲学対話」が教育現場を中心に広がり始めました。東京大学や大阪大学を中心とした研究グループによる実践や、NPO法人による活動などが活発化しています。
現在:多様な展開
現在では、教育現場だけでなく、企業研修、地域コミュニティ、高齢者施設など多様な場で哲学対話が実践されています。AI時代の思考力育成や、多様性を尊重する社会づくりの文脈でも注目されています。
哲学対話の理論的背景
哲学対話の実践には、様々な哲学的・教育学的理論が背景にあります:
- ソクラテスの問答法:問いを通じて相手の思考を深める手法
- デューイの経験主義教育:経験と省察を通じた学びの重視
- ヴィゴツキーの社会的構成主義:対話を通じた思考の発達
- ハーバーマスのコミュニケーション的行為論:理想的な対話の条件の探究
日本での哲学対話の展開
日本における哲学対話の普及は比較的新しい動きですが、近年急速に広がりを見せています。
日本の哲学対話の特徴
- 「こども哲学」「p4c」などの名称で教育現場に導入
- 「哲学カフェ」「てつがく対話」として社会教育の場で実践
- 東日本大震災後の被災地での「臨床哲学」としての展開
- 企業研修や組織開発の文脈での活用
日本では特に「考える力」「対話力」の育成を目指す教育改革の文脈で、哲学対話への注目が高まっています。2017年に公示された学習指導要領で強調される「主体的・対話的で深い学び」とも親和性が高く、様々な教科の中で哲学対話の手法が取り入れられつつあります。